Kaby Lake世代のCPU、i7 7700Kと新チップセット搭載のマザーボードの発売日、札幌のツクモに行ったら普通に並んでたので買いました。
「コンピューター」カテゴリーアーカイブ
ストレージサーバー設置した
部屋にPCがいっぱいあるのでLANで繋がってるとはいえデータのやり取りがめんどくさかったし、あちこちに同じファイルが存在しているのでこの際ひとまとめにすることにした。
発端はHPのProLiant N40L デッドストックを入手したこと。2000円で譲ってもらった。
メインPCのSLI化
先日4Kモニタを買った記事を書いたが、4KはFullHDの4倍の解像度だ。ゲームが易々動いてくれるはずもなく、グラフィックボードを買い足した。
元々Galax GTX980Ti HOFが刺さっていたので同じものをもう1つ買った。新品だと予算オーバーだが札幌で運よく中古で同じものが手に入った。お値段税込み8万円。
そして家に帰ってから気づく。そういえばマザボSLI対応してないと。アホ。
マザボはGA-H170-HD3 DDR3。なんでこんなマザーを使っていたのかというと前に使っていたPCに原因がある。
以前はXeon E5v2系の20スレッドもあるCPUを使い、X79マザーにメモリスロットが8本あることをいいことに46GBくらいRAMを載せたバカみたいなPCを使っていた。しかしながらCPUクロック的にGTX960あたりで限界が見え始めたためi7 6700Kで組み替えることにしたのだがその40GBもあるDDR3メモリがもったいなかったのでDDR3マザーにしてしまったのだ。
これはいかんのでマザーも買い替えた。ASRock Z170 Extreme4。DDR4メモリ8GB4本と合わせて追加3万ちょっとの出費だった。痛い痛い。
980Ti SLIにもなれば電源は850W~1000Wクラスが妥当だが電源まではさすがに予算がつかなかったので余ってたCorsairの550Wプラグイン電源を搭載してデュアル電源にしてしまった。ケースがフルタワーだからできた芸当ともいえるが。
めでたくSLIになったので3D Markを走らせて終わり。
Better than 99% of all resultsとは立派。
次世代がでたらすぐ抜かされるんだろうなぁ。PCパーツの宿命。
4Kモニターを買ってみた
時代は4K Ultra HDらしい。というわけで自分も買った。
写真はない。ググればたくさんでてくるもん。
DellのP2415Q。モニターアームで23型の液晶モニタを複数枚固定している関係で24型じゃないと収まらない。そういう理由で選択肢はP2415Qしかなかった。
注文するのが面倒だったので札幌で在庫を探したのだがどこも在庫なしで仕方なくネットで買った。49,800円。安くなったもんだな。
以前は4KモニタといえばIBMのT221等が中古で出回ったりしていたがあやつは50Hzで使うにはDVIが4本必要などいろいろめんどくさいものだった。ここ数年になれば業務用のPC作業向け製品が出ていたが数十万クラスでしかもスケーラやら出力の問題があって一般人にはコストが高すぎた。
P2415QもHDMI1.4までの対応だしDHCPのバージョンもあるが、まぁこの先何年メインモニタで使うかわからないし後継機種も出るかもしれないが承知の上で購入している。
もちろん満足しているのは価格面だけじゃない。使い初めて2日だがもはや左右のFullHDモニタがぼやけて見える。画質的にも大満足である。
ただやはりソフトウェア的な対応はもうちょっとかなという気はする。接続先のOSはWindows10なので200%表示で綺麗に見えるが左右のモニタへウィンドウを動かす際にスケーリングが適用されなかったり、またこれはアプリケーション側の問題だがインターフェイスが小さくなりすぎたりという場面には何回か出くわした。
グラフィック周りの設定等も不具合が残る。P2415Qを接続した直後からWindowsのディスプレイ設定が開けなくなった。コントロールパネルから開ける方は使えるのだが、スタートメニューもしくはデスクトップ右クリから入るほうの「システム」がぜんぜん開けない。
しつこくクリックしまくっていたらたまぁに開けるが応答なしになったりして安定せず。
またGeForce Experienceも開けなくなった。スプラッシュウィンドウの後メインウィンドウがでてこない。タスクバーのプレビューをみても真っ白のまま。
これは解決方法を見つけた。タスクバーのプレビューを右クリックして「最大化」をクリックするとメインウィンドウがでてくる。以後問題は発生していない。
しかし映りに関してはこの先このサイズの液晶はFullHDには戻れなそうだ。昔使っていたiPod TouchがRetinaになったときに感じた荒さと丁度同じだ。
あとは仕方がないんだが中央にP2415Qを配置したことでトリプルモニタのモニタが3枚とも違うモニタになってしまった。いままで左右がRDT231WLMで中央がRDT232WXだったのだがRDT232WXを左側と付け替えたためだ。
だがこれ以上使わないモニタを保管すると部屋がモニタだらけなのでRDT231WLMはヤフオクに流してお役ご免。
自分のPC遍歴(後編)
後編は自分で所有した、完全にパーソナルコンピュータとして使ったPCの遍歴となる。(はずだったが事実を並べたというよりは過去を振り返るような形になってしまった。)
前編で最後に組んだi7マシンはあまり使わなかったと書いたが、その理由は高校生にもなればもはや自室にこもる時間が長くなり、居間でPCを使うというのはどうも集中できないことになっていたことにある。
つまりは自分のPCがほしかったのだ。一応中学の後半以降はiPod Touchを持っていたのと幸いにも無線LANの電波が飛んでいたので自室でインターネットにアクセスすることはできたが、不満だった。
そのインターネット接続も、「居間であれだけPCを使っている息子が部屋でネットなんか使えたら一日中しているに違いない。」と考えたのかはわからないが、無線LANのキーを教えてくれなかったので親の出かけてる隙に親機をリセットして家中の機器のネットワークを再設定して獲得したものだった。
モデムも無線LAN親機もルータモードで、無線LAN親機からPPPoEブリッジでインターネットに接続されており、当時それに気づかずけっこう手こずった覚えがある。結果的にはこれのおかげでネットワークの基礎知識がつき、今に繋がったのであるが。
ちょっと情報系に明るいお子さんをお持ちで、使用に制限をかけている場合はアクセスログ等しっかり調べた方がいいかもしれませんよ?笑 昨今超小型の無線機器が多種あるので物理工作も侮れません。
話がそれたが、自分はとりあえず自室で使えるコンピュータが欲しかった。ダメ元で親に掛け合ってもみたものの結局却下されたため、そこで「はいそうですか」とはならない年頃だった私は黙って買うという行動に出た。少ない予算でコンパクトに隠し通せるサイズ…あの頃は安価なネットブックが大量に出回っていた。
購入を決めたある日の学校帰りに1.9万円で入手したのはNEC Lavie Light BL100/SA6B。スペックの低さや解像度の低さは重々承知していた。でも、まずはそれで十分だったのだ。
PCで作業する場所が居間から自室に変わり、また時間的な制約もなくなったため、かつて居間でもそうだったように、腰を据えて作業に取り組めるようになった。
ネットブックを使っていた期間は決して長くはなかったが、この間に自分はプログラミングの基礎を含め多岐のジャンルに渡って様々な知識を蓄えたように思うし、高校の部活動での制作補助やホームステイにも持って行って大層役に立った。
コンピュータを購入するという行為が正しかったのか、あるいは所詮滑り止めの大学で甘んじている今とは違う現在があったのかはわからないが、振り返ってみてもあのあたりの時期にコンピュータを購入するのは必然であったと思うところもあり、考えるだけ無駄なのかもしれない。自分自身が後悔していなければそれで正解だったとも言える。
さて、一時期流行ったネットブックというのはだいたいCPUがAtom N270で、メモリは1GBだった。まあそれは良い。Lavie Lightに関して言えば、液晶もそれなりに見易かったしキーボードの仕上げなども文句はなかった。
だがしかしわかっていて買ったのだが解像度が1024×576である。XGAではない。これはよりコアなツールを使用するにあたってインターフェイスがはみ出してボタンがクリックできないという問題を引き起こすことになった。これが次のPCに乗り換えるきっかけだ。
次に使ったマシンはVAIO TypeG VGN-G1AAPSだ。これはハードオフのジャンクで入手した。超省電力版のCore Solo U1400搭載でCPU性能は用途によるという感じだったがDVDドライブ搭載、軽いという性能はさておきモバイルにはなかなか良い機種だった。なにより液晶がXGAになったため解像度上の問題はとりあえずなくなった。
とはいえこの機種も半年ほどで乗り換えた。最初からいずれは性能の良い機種に乗り換える予定で貯めていた資金が貯まったから。
2012年4月、ASUS U24E-PX2430Mを購入。新品をほぼ底値で買ったと思う。メモリを8GBに増設、SSD化して使用した。
奴は11.6型ながら通常電圧のi5-2430Mを搭載していて拡張性も多少ある意欲的な機種だった。最近はタブレットばかりでこういう変な機種がないのが寂しい。VAIO TypePの後継も密かに待っている。TransBook Chiが惜しかったが、あれはトラックポイントがついていれば即買いだった。物理キーがない機種はどうも使いにくいのだ。
画面解像度も性能も大きく上がり多少のゲームにも耐えうる。Minecraftを本格的に始めたのもこの頃で、サーバーの立ち上げ等すべてこのマシンでやった。部活で大会に出す映像編集にも耐えてくれたし、学祭でのリアルタイムテロップ処理等でも大いに活躍してくれた。
このマシンがなければ私の高校の後半は大きく変わっていたと断言できる。
この機種にはそれは大変にお世話になったが大学入学と共に一線を退いた。後編最後のマシンはバリバリのゲーミングノートだ。
高校を卒業すると晴れてPCが解禁になったので買い換えたわけだが、3D性能の不足を補うべくグラフィックチップ搭載の機種を探していた。ここでデスクトップにしなかったのはいくらか理由があるのだが、とにかくノートPCである必要があった。
最終的に13.3インチでi7 4700QM、16GB RAM、128GB SSD、1TB HDD、GTX765M等搭載したモバイルゲーミングノートなどというジャンルの機種に乗り換えることになった。持ち運べるというのが大きく、友人宅でのゲーム対戦から大学持込まで広い用途に使えてかつメインとしても不足はないというマシンだ。そのうちFullHDのモニタ3枚を用意して3画面外部に出力し、キーボードも外付けするなどデスクトップ環境さながらに使っていた。
そして2015年4月、ついにデスクトップが導入されるわけだが、この記事はなんとここで終わりでさらに続くのであった。
異常終了時のMinecraftサーバー復帰方法
Linux環境下のMinecraftサーバーやApacheで「Address already in use」だとか「アドレスは既に使用中です」などとでて再起動ができない場合の対処法です。
①grepコマンドでポートを占有しているプロセスを調べる
Minecraftの標準ポートである25565の場合:
/usr/sbin/lsof -i | grep 25565
②プロセスIDが表示されるので該当IDを強制終了する
job IDが10028であった場合:
kill -9 10028
以上で占有されていたポートが開放されます。
なお他のソフトにおいて同様のエラーが出た場合も対応は同じです。
グラフィックカード換装:GTX960
さて、春あたりに新しいデスクトップPCを組んだのはいいが、資金難のためグラフィックカードまで手が回らず旧世代のRadeon HD5870を搭載していた。たいして3Dバリバリなゲームもしないのでそこまで困ってはいなかったのだが、消費電力も大きいしファンもうるさいし、なにより気にいらないことにノートPCのGTX765Mよりもパフォーマンスが低かった。
まぁしかし初めはグラフィックカードなんぞ買うつもりはなくて、調子が悪くなったマウスの代替を探しにビックカメラへ寄ったのだった。だいたい目処をつけたところでツクモに移動。
PCモニタはRDT232WXとRDT231WLM2枚+αでクアッド構成だったのだが、DP-HDMIアクティブ変換器があればeyefinityでsoftTH使わなくてもマルチモニタでゲームできるんだよなあなどと変換器をながめつつグラフィックボードコーナーへ。
するとどうだろうか。GTX960と980が安くなっている。980はコスパ的にいらんぞ、970はコスパいいけど安くなってない、970と1万円以上差あるし960で十分だなということで、なぜかマウスを買うはずがグラフィックカードを買ってしまった。
換装するとこんな感じのPCになりました。
関係ないけどCPUはXeon E5 v2積んでます10コア20スレッドはなかなか圧巻
Apacheでのリバースプロキシ設定
Apacheでサブドメインまたは特定のディレクトリへのリクエストを他のサーバに中継します。
今回は独自に動作しているMinecraftのBukkitサーバ用プラグインであるDynmapをサブドメインに設定してみます。
Apacheでリバースプロキシを利用するためにはmod_proxyが組み込まれたApacheが必要ですが、通常のディストリビューションではデフォルトで有効になっていることが多いようです。
リバースプロキシに使用するディレクティブはProxyPass, ProxyPassReverse, ProxyPassReverseCookieDomain, ProxyPassReverseCookiePassの4つとなります。今回はProxyPassとProxyPassReverseのみ使用しました。
例としてmap.eximradar.jpにdynmapのポート8123を割り当てます。
設定の記述先はhttpd.confです。
1 |
vi /etc/httpd/conf/httpd.conf |
http.confの末尾にVirtualHostを設定します。
1 2 3 4 5 |
<VirtualHost *:80> ServerName map.eximradar.jp ProxyPass / http://localhost:8123 ProxyPassReverse / http://localhost:8123 </VirtualHost> |
なお、ディレクトリ以下に割り当てる場合は
1 |
ProxyPassReverse /map http://localhost:8123 |
のような記述になります。
Apacheを再起動して設定完了です。
1 |
service httpd restart |
NEC PC-9821V13
PC-98をもらった。
PC-9821V13だ。動くかわからないけど持ってくかいと言って下さったので喜んで持って帰ってきた。
単体で電源を入れるとピポッと音がした。CPUは死んでいないらしい。固定ディスクのスピンアップ音が聞こえないので固定ディスクドライブはついていないのだろう。
自宅に持って帰りカバーを開ける。
どうやらCPUは換装済みらしい。なにやら下駄を履いている。2次キャッシュが刺さっており、CバスにはモデムボードとSCSIボード。
FDDはSONY製の互換機、CD-ROMドライブもSONY製。
画面を繋いで電源を投入、ピポ音につづいてメモリカウントがはじまる。640KB+ …
メモリは48MB載っていた。ところがメモリカウントから先に進まない。これはどうしたことか。あっちこっち弄ってみたところ、2次キャッシュを抜いたら起動することがわかった。
原因はおまえか!
原因が判明したところでFDDにDOSが入ったフロッピーディスクを挿入して電源を投入するも読み込まない。回転数が変化しているような音がするのでディスクの種類を判別できていないのか。
クリーニングディスクをかけてもだめなのでFDDを分解していると酷い埃…。埃を掃除機で吸ってやるとちゃんと読むようになった。
DOSが起動するようになったはいいが、FDD1ドライブの機種はHDDがないと厳しい。
マザーボードにはIDEがついているので手持ちのHDDを繋いだ。QuantumのHDD。たしか昔PC98-NXから外したやつだったと思う。容量は3.2GB。
これでDOSが使えるようになったが、DOS用にはPC-9801BX2を運用しているのでWindows95でも導入してみることにした。
CDドライブがついているので話ははやい。CDドライブのドライバを組み込んだDOSフロッピーを作成してWindows95のディスクを読み込ませればいいのだ。
ところがCDドライブのドライバはOAKCDROM.SYSあたりでいけるだろうと思ったらこれが認識しない。いろいろ試した結果メルコのサイトから落としてきたCDドライバでいけた。DOS用のドライバを未だに公開してくれているのは心強い。
ん、セットアップが走らない。DOSのバージョンが合っていなかったことが原因だった。
Windows上でなんとかWindows95 の起動ディスクとして使えるものを作成したところセットアップは走った。
設置しておわり。ついでだからWord/Excel95とLotus1-2-3 97を入れてみた。
PC-98版のWindowsはシステムドライブがA:\ですね。
これで急にWindows95の環境が必要になっても安心。そんなことなさそうだけど…
あ、CPUはK6-2 133MHzでした。 PentiumMMX 166MHzが手持ちにあるので下駄履かせたらそれも使えるかも。
WordPressで画像サイズが選択できないときの対処
WordPressで画像サイズが「フルサイズ」以外選択できないときの対処方法です。
原因はphp_gd2.dllが有効になっていないことでした。
php.iniに
extension=php_gd2.dll
を追記。
ところがこれではだめで、調べるとこのdllファイル自体が存在しない様子。
そういうときは
yum install php-gd
でインストール。apacheを再起動すればサイズ選択ができるようになっているはずです。
service httpd restart